O地理総合でGISをどのように扱うのか

 

 

  • 1 はじめに

  • 2 四つのGIS活用

  • 3 紙のGIS地図で考察させる

  • 4 GISソフトを教員が操作して生徒に示す

  • 5 生徒にGISソフトを直接操作させる

  • 6 生徒にWeb地図を使わせる

  • 7 四つの方法をどのように取り入れるか

  • 8 まとめ

1 はじめに

2022年度から必履修科目となる地理総合では,その軸の一つにGISの活用が明確に位置づけられている。それはGISが,単に同じ位置情報をもった複数の地図の重ね合わせやマルチスケールの考察ができるだけでなく,その多様な空間分析機能が,地域社会やその課題の効率的な分析に役立ち,将来的に持続可能な社会の建設に有用なことが大きく期待されていることが背景である。
新学習指導要領の「解説」では,その地理総合での地図やGISの活用については,「具体的な体験をともなう学習」により,今後の学習全体で活用する端緒となるよう,「基本的な知識と技能の習得」と,「有用性の理解」を図らなければいけないとしている。基本的な技能とは,情報を収集・読み取り・まとめる技能である。ただ「解説」にもGISの活用を扱っていく上での具体的な方法は明示されていない。そのため現在,全国の高校現場では,「地理総合の授業の中でのGISの扱い」について実に様々な意見や見解が生まれ,混乱も生じている。今回は,その地理総合でのGISの扱いについて,現時点での私の考えをまとめておきたい。

 

2 四つのGIS活用
地理総合の授業でGISを扱う場合,その授業形態には四つの方法がある。一つ目は紙ベースで複数のGIS地図を教員が提示し,生徒に様々な考察を行わせる方法である。二つ目はAGoogleEarthやMANDARAなどのGISソフトを教員が操作している様子を見せつつ,そこで提示される地図の考察を生徒に行わせる方法である。三つ目は,BMANDARAやGoogleEarthなど汎用GISソフトを直接生徒に操作させ,作図と考察を行せる方法である。そして最後がCウェブサイト上にある,国内外の既成あるいは教員自作のWeb地図を生徒に操作させ,考察を行わせる方法である。
私自身も過去,GISの地理学習での有用性を追求する中で,様々なGISの活用方法を試行してきたが,次にその経験を踏まえ四つの方法について私が感じたことを述べておきたい。

3 紙のGIS地図で考察させる
まず@の「紙地図を使った方法」について私はかつてアメリカ合衆国の農業地域を題材とした授業や,学校周辺の小地形と自然災害リスクの関係を考察させる授業を,グループ学習の形態で行った。
前者では最初に,様々な自然要素と人文要素についてMANDARAで作った沢山のGIS地図をプリントにまとめたもの(図1,図2),さらに綿花地帯などの農業地域ごとに「アメリカ合衆国全土の白地図」と「複数の適地条件をまとめたテキスト」を上下に配置したワークシートを生徒に配布した(図3)。そしてそれらをもとに,複数の農業地域の広がりを予想させ,白地図に広がりを描画させた。予想後,生徒には,農畜産物ごとの現実の郡別収穫量を示したGIS地図を「農業地帯の実態」として配布し,予想を検証させた(図4)。最終的に生徒にはアメリカの農業地域が,様々な適地条件を満たした「適地適作」にあることを確認,実感させることができた。

図1  自然要素の関連図

図2 人文要素の関連図

図3 農業地域予想プリント

図4 農業地域検証プリント

また後者の授業ではまず生徒に,MANDARAで作った,学校周辺の広範囲の等高線と水系だけのGIS地図を配布し,そこから特徴的な場所の小地形,自然災害リスクを考察させた(図5)。そしてその後,MANDARAで作った同じ範囲のハザードマップを生徒に配布し,生徒に仮説の正しさを検証させた(図6)。また最後には,学校近隣地域に範囲を絞り,建築物や道路・鉄道,ハザードマップなどの情報を重ねた地図を配布し,自然災害発生時の避難行動を考察させた(図7)。生徒にはこの授業を通し,学校周辺が周りを山に囲まれた谷底平野のため,洪水発生時には,高層建物への垂直避難が妥当なことなど,地域性を踏まえた対応を構想させることができた。

図5 小地形とリスク考察(学校周辺はB)

図6 検証用ハザードマップ

図7 洪水時の避難行動を考察

以上の実践を通し私が一番強く感じたのは, GISソフトを直接操作している時には,ともすればレイヤの一瞬の切り替えで消える一枚一枚の地図を,この方法では生徒にじっくり考察させられるため,この方法が探究学習に適しているということだった。ただ気になった点も幾つかある。一つ目は授業で使う紙地図を準備するには,教員がまず元図をGISソフトやWeb地図で作図し,それを生徒の見易さを考えて,色調や凡例を調整,印刷しなければならず,準備に多くの時間を要するという点である。もちろん今では学習項目によっては,Web地図を印刷して使うことで,多少は地図作成の労力を減らせる。たとえば地域の自然災害リスクを考えさせる授業では, Web地図の地理院地図や「重ねるハザードマップ」で表示させた地図をそのまま印刷してもある程度使える。グローバルスケールで地球規模の課題を扱う時にも,世界銀行統計サイトのWeb地図などが使える。ただ前述したアメリカの農業地域の実践で私が作図した地図のように,「生徒により深い考察をさせよう」と,少し手の込んだ地図を作ろうとした場合,地図はGISソフトでゼロから作る必要があり,やはり教材研究にはある程度の時間はかかる。
また二つ目の気になった点としては,この方法では,生徒自身が「GISそのもの」に直接操作する場面が全くないため,「GISの効率性や多能性」を生徒に実感させることは難しいという点である。

4 GISソフトを教員が操作して生徒に示す

次のA「MANDARAやGoogleEarthなど汎用GISソフトを教員が操作し,表示した複数の地図を生徒に考察させる方法」については,私も以前, GoogleEarthで前橋市の地域課題を考察させる授業を行った。また滋賀県の地域課題を,GoogleEarthProで考察させる授業を構想した。
前者は「GoogleEarthを軸にしたバーチャル地域調査」のイメージで考えた授業である。そこではまず,GoogleEarthのフライトシュミレーターと高度プロファイルの作成機能を使い,地域の地形概観を行った(図8)。また地元の中心商店街の所在する場所に都市計画図の画像を貼り付け,上に新旧の交通量や地区別の商品販売額を示す3Dの棒グラフや,シャッター通り化した商店街の現在の写真を表示させ,近年の商店街の衰退を客観的に読み取らせた(図9,10)。また市周辺のコンビニ・スーパーやショッピングセンターの店舗分布を地図上に示し,それらがほぼ全域に展開していること,それらがカテゴリーキラーとなり,中心商店街の衰退を招いたとの推察を生徒から引き出した。

図8 断面図を作る

図9 商店街の交通量

  図10 商店街の写真提示

図11商店舗の分布(青・赤がコンビニ・スーパー,緑がショッピングセンター)


また後者の滋賀県の地域課題をGoogleEarthで考察する授業は元々,Shapefileが読み込め,アドレスマッチングもできるなどGIS的機能が強化された「GoogleEarthPro」を授業でフル活用した場合を想定したものである。そこでは,国土数値情報や基盤地図情報の行政区画,道路,バス路線ルート,医療機関などのshapefileデータ,国勢調査の地区別外国人率,人口,老年人口率など様々なデータをGoogleEarth上で地図化し生徒に見せ考察することを想定した。
こうした実践や構想から私が強く感じたのは,この方法を使えば,GISを操作している様子を見せる中で,「視覚的」にGISの効率性と多能性を端的に生徒に理解させることができるのではないかという点だった。
ただ何点か課題なども感じた。まず一つ目は,この方法も結局は,教員がGISソフトの操作をすべて行うため,GISの有用性を生徒に「主体的」に理解させることは難しいということである。
また二つ目は,この方法でも,教員は事前に,様々な地図レイヤを作り,それらの効果的な表示順と重ね合わせ方を検討しなければならず,やはり相応の時間と手間が必要ということである。

5 生徒にGISソフトを直接操作させる
次のBMANDARAやGoogleEarthなどの汎用GISソフトを,生徒に直接操作させ,作図と考察を行わせる方法については以前,私はMANDARAを使った作図学習で実践した。
その授業はPC教室で行ったが,最初生徒には国境や行政区画のshapefileデータを配り,それを使って世界地図や地元群馬県のベースマップを作らせた(図12)。生徒にはそうした中で,指定した地図投影法(ミラー図法)で,経緯線を等間隔で入れさせたり,背景色を自分で決めさせた。また次に,エイズ推定死亡者数やアメリカ合衆国の郡別黒人人口割合のデータを組み込んだMANDARAファイルを生徒に配布し,それを使って主題図の作図をさせた。そこではコロプレスと図形表現図どちらの表現が適当かということや,境界値とパターンを考えさせた(図13)。

 図12 ベースマップ作成

 図13アメリカ郡別黒人割合

この実践を通して私が最も強く感じたのは,この方法では,地域分析で多用される統計地図の基本的なしくみといった「知識」と,「作図という形で情報をまとめる技能」の二つを体験的に生徒に身に付けさせられ,有効という点だった。仮にこの方法でGoogleEarthを使った場合にはさらに,「GISの有用性」を主体的に理解させることもできると考えた。
ただこの方法については何点か課題も感じた。まず第一にこの方法でも,教員は事前に教材データを準備し,演習シミュレーションをする必要があり,準備には相応の手間と時間がかかるという点である。
また第二に,「情報管理の独自の方針や端末の機種によって,生徒のPC端末にGISソフトをダウンロードできい学校」については,この方法が採れないので工夫が必要ということである。つまりそうしたケースでは,ソフトのダウンロードの必要がないスタンドアローン版を使うか,Web地図の利用などで代替するとよいと思った。今年4月には, Web地図のMANDARA JS(試作版)も登場したが,そうした代替手段を考える必要がある(図14)。

図14 MANDARA JSによる作図

6 生徒にWeb地図を使わせる
最後のC生徒にWeb地図を直接操作させ,様々な地図考察を行わせる方法は,実は私がここ数年,意識的に実践数を増やしているものである。たとえばその中には,「GISの導入授業」をイメージして行った, EarthやFlightradar24,marinetrafficなど比較的操作が平易なWeb地図や地理院地図を使った実践がある(図15)。また自作したWeb地図とWeb版GoogleEarthを使い,地元の地域課題をマルチスケールで考察させた実践もある(図16)。さらに海外サイトのWeb地図とWeb版GoogleEarthを多用した,先進国と発展途上国の都市問題を考察させた実践がある。それらの授業については,直近のここ何回かの連載で紹介させていただいているので,詳細な内容はここでは割愛する。

 図15 Earthの利用  

図16 自作Web地図の利用

これらの実践をとおして,私が強く感じた一つ目はまず,Web地図のもつシンプルさから,様々なメリットがあるという点だった。つまりWeb地図を生徒に操作させる時,教員の指示や準備は必要最低限でよい。また操作が平易なため,生徒は本来の地図や地域の考察に注力しやすいという点である。 また二つ目に,海外サイトのWeb地図でも,インターネットで自動翻訳すれば,グローバルスケールの課題考察に効果的に活用できるということである。私が都市問題の考察授業を行った時には,海外サイトを使ったことで,マンハッタンやナイロビの都市問題を掘り下げ,その実態に迫らせることができた(図17,18)。

図17 マンハッタン考察 

 図18 ナイロビ考察

7 四つの方法をどのように取り入れるか
(1)核の一つとしてWeb地図を考える

以上,四つの方法について,私の実践と経験を踏まえ私感をまとめてきたが,結論としては,様々なメリットが想定できるCWeb地図の利用を核として,その他の方法を補完的に組合せていくとよいと考える。
実はWeb地図は,新学習指導要領や解説が出た頃にはまだ,地理の授業に使えそうな地図は国内外ともに少なく,地理院地図も開発途上で,私自身は正直,地理総合での活用には消極的立場だった。しかしここ2,3年でそうした状況が劇変した。つまり地理院地図の機能も大幅に向上し,その他の有用なWeb地図も国内外で多数作られるようになった。これはLeaflet(リーフレット)などのJavaScript地図を容易につくれる仕組み(地図ライブラリー)が一気に普及したことも一つの要因だが,そうした中でMANDARAやQGISなどにも容易にWeb地図を自作できる機能が加えられた。こうした周辺環境が醸成されてきたこともあり,現在の私は,地理総合では「Web地図の活用を中心に据えるのがベスト」と考えるようになっている。
ただ今後私たちがWeb地図を地理総合で活用していく場合,意識的に取り組まなければいけないことが二つある。一つは,個々の教員が常にアンテナを張って,インターネットの中にある有用なサイトの情報入手に努めるということである。私自身も,時折時間をかけて地図サイトの情報を収集し,有用そうなものを個人サイトGEOLINKにリンク集で公開しているが,正直まだ「有用なWeb地図資源」は沢山あると思う。引き出しが多いほどWeb地図の授業活用の幅は広がる。私たちには是非,こうした取り組みを「教材研究」として行っていく必要がある。
また二つ目は,将来的にオリジナルのWeb地図を自作できるようそれぞれの教員が自己研修を努める意志をもつということである。そもそも既成のWeb地図のほとんどは,元々「地理学習での使用」を目的に作られているわけではない。したがって,Web地図だけで全学習項目がカバーできないのは当然である。
また自分の学校周辺の地域課題を考察するためのミクロスケールのWeb地図は,個々の教員が作るしかない。今ではMANDARAやQGIS,さらにGoogleマップでも,比較的容易にWeb地図は作れる(図18,19)。今後, Web地図の授業での活用の幅を広げるためにも,我々にはそうしたツールを使い,それぞれWeb地図の自作に挑戦していくことが必要である。

図18 MANDARAによるWeb地図

 図19 QGISによるWeb地図

(2)その他のGIS活用法を補完的に活用する
なお,その他のGIS活用法については,Web地図利用と組合せる形で,「それぞれの長所」が生かせる場所で利用するとよいと考える。
まず@紙地図を使った方法は,探究学習で効果的なので,班別学習でGIS原理を理解させたり,一枚一枚の地図を丁寧に考察させる場面で活用するとよい。
またAGISソフトを教員が操作しながら,提示した地図を生徒に考察させる方法については,短時間で,生徒に「GISによる地域考察がどのようなものか」を理解させたい時や,GISの特定の機能を授業で紹介したい時に使用すると効果的である。 またBの方法に関しては,「解説」にある「情報をまとめる技能」を生徒に習得させるための作図学習などに使用すると有効と思う。

8 まとめ
GISの活用は当然,なるべく学習効果の高い方法をとる必要がある。ただ一方で,地理総合では,地理を専門としない先生方以外が担当されるケースも多いと言われている。そのため,なるべく平易な方法を採る配慮も必要である。私はそうした学習効果と平易性とのバランスがとれているために,「Web地図の活用を中心にした方法」が最適だと考える。

 
 

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