I難民を考える

 

 

ザータリ難民キャンプの地図(田中作成)

  • 1 はじめに

  • 2  難民のキャンプをイメージする

  • 3 世界全体の「難民」の数字を知る

  • 4 難民がどこに向かうのかを考えさせる

  • 5 シリア難民は何故,ヨーロッパを目指すのか

  • 6 シリア難民を日本は受け入れるべきか

1 はじめに
次期学習指導要領で必履修科目として新設される地理総合の柱の一つにグローバル化がある。もちろん地理だけでなく,他の科目でもグローバル化は重要なキーワードである。JICA地球ひろばでは,この点について昨年度末から,教育現場への積極的な支援を進めようと,「映像資料を使いつつ,生徒との対話形式で授業ができるようにするための教材コンテンツ開発」を進めている。
私も,この事業に協力者の一人として参画し,「イスラム」と「難民」の二つのテーマで映像資料検討と,指導案作りを行った。それらはすでに地球ひろばのサイトやYouTubeで閲覧できるので,適宜ご利用いただければと考える。ただしそのコンテンツは,地理だけでなく,世界史,日本史,現代社会でも活用できる汎用性をもたせたものである。そのため地図やグラフを使った考察といった地理本来の手法は抑えている。そこで今回は,「難民」について高校地理で扱う場合にどのような展開が可能かという一つの案を示したい。授業は6人一組のグループ学習で2時間ほどを想定している。

2 難民キャンプをイメージする

 

(1)難民キャンプを俯瞰させる
授業1時間目,まず生徒には,難民の存在を象徴的に表す場所,「難民キャンプ」を俯瞰させたい。事前に生徒に何を見せるのかは伏せておき,GoogleEarthで難民キャンプの一つ「ザータリ難民キャンプ」をプロジェクター投影して見せる。この時,パソコンを直接操作して,「定規を表示」の機能で,キャンプ全体の大きさを測る動作を見せ,2km×3kmの広がりであることを示すなどすればそのスケール感も伝えられると考える。
そして生徒には,ここがどのような施設かをグループで話し合わせ,発表させたい。様々な答えが出てくるか,難民キャンプという答えがすぐに返ってくるかは生徒次第である。最終的には,施設が,2012年に設営されたヨルダンのザータリ難民キャンプであることを告げる。さらに生徒にはそこがどれくらいの数の難民を収容しているのかを予想させ,発表させてもよいだろう。この点に関しては最後の補足としては,2017年11月現在は約8万人前後であるが,最大時の2013年には20万人の難民を収容していたことを告げるとよい。20万人といえば,埼玉県の熊谷市などと同じ規模である。また生徒たちには,こうした一時的に難民を受け入れる難民キャンプが世界各地にあることも示したい。
そして次はいよいよ,「そもそも難民とはどんな人たちのことを言うのか」と本題にかかわる問いを投げかけ,グループで話し合わせ,発表させる。難民という存在に,想像力をめぐらせる作業である。最終的に生徒には,難民は,自国で迫害を受けて他国あるいは自国内の他地域に避難を余儀なくされる人々で,広義には,経済的困窮,自然災害(干ばつ、飢饉,サイクロン),環境破壊,政治的迫害,紛争で発生していることを補足する。

 

(2)難民キャンプの地図を読み取らせる
また次は,ザータリ難民キャンプの詳細地図を生徒に読図させ,難民キャンプの実態をイメージさせる。地図は,現実の国際支援団体の活動を支えるReliefWebというサイトの地図を使うとよい。凡例は英語表記であるが,時間があればその場で電子辞書を使って自分で調べさせるとよい。時間がなければあらかじめ教員が和訳で凡例を作り,それを配布すればよい。

 読図後は,気付いたことをグループで話し合わせ,発表させる。教員は発表の都度に,生徒の発表を補完する。ここでは以下のような受け答えが想定できる。@学校,病院,警察もある(生徒)。→床屋,ピザ屋もあるが,難民の半数は子供で学校が不足している(教員)。A沢山の家が密集し窮屈そう(生徒)。→過度な密集状況で生活環境は悪い(教員)。Bモスクがあり,難民が信仰を続けられる工夫がある(生徒)。→イスラム教徒への配慮がある(教員)。C国連やNGOの事務所が沢山ある(生徒)→国際支援の窓口が置かれている(教員)。D公園・サッカー場がある(生徒)。→ストレスがないよう設計されている(教員)。

 

(3)難民キャンプの現実をイメージする
次に生徒には,難民キャンプの現実に少しだけ触れさせたい。具体的には,YouTubeにある国連UNCHR協会公式チャンネルの「一つの映像で心が痛む300万の理由」を視聴させる。
視聴後は生徒に,ザータリ難民キャンプがどんな所だと思うかグループで話し合わせ,発表させる。あまり詳細を伝えてくれる映像ではないが,ここが,心に大きな傷をもった人々が再出発をはかろうと苦闘する場所だというイメージは捉えられると考える。

3 世界全体の難民の「数字」を知る

 

 続いては,視点を世界全体に移し,こうした難民が世界全体でどれくらいいるのか,生徒に尋ねたい。生徒が予想したあとはYouTubeのUNHCR公式チャンネルのGlobal Trend2015(字幕付き)を見せ,最後に,世界全体で,フランスの人口を上回る6,500万人もの難民がいることを示す。

 

 続いて生徒にはさらに,「難民の発生者数の推移」と「難民の国別発生者数の推移」の二つの図を読み取らせ,読み取り結果を発表させる。前者では2012年以降,世界全体で難民が激増していること。後者では2012年以降シリアで難民が倍増していることや,2014年にウクライナが一時的に増えていることなどを読み取らせ,分かる範囲でその背景も発表させる。生徒からは2012年以降の激増に関しては,前年にはじまったシリア騒乱とその長期化が大きな要因であることや,2014年のウクライナでの一時的増加はクリミア半島へのロシア侵攻などが要因であることがあげられるとよい。教員は補完的な説明をしていくが,シリア騒乱は,これまで30万人弱の犠牲者を出しつつ,400万人以上の難民を発生させていること。ザータリ難民キャンプはそうしたシリア難民を収容する最大級の施設であること。2017年10月にISISが事実上崩壊したものの,いまだにアサド政権,反政府軍,ISISの残党勢力,クルド民族,欧米やロシアなど様々な勢力が入り乱れ混沌とした状態が続いているとの情報補完をしていくとよい。

4 難民がどこに向かうのかを考えさせる

 続いて生徒には,世界最大の難民であるシリア難民がどこを目指しているのか,図8のオンラインアニメーションで視覚的に捉えさせたい。これは, 2013年から2016年までの各国別の難民の移動を青い光の点(1点が500人)で示したものである。
生徒から読み取り結果を発表させたあとは,シリア難民の多くがドイツやスウェーデンに向かっていることを生徒には読み取らせたい。またその反面,比較的富裕なサウジアラビアなど湾岸諸国に向かう難民がいないことも指摘したい。

5 シリア難民は何故,ヨーロッパを目指すのか

 続いて生徒には,シリア難民が何故,周辺国ではなくヨーロッパを目指すのかを考えさせたい。
生徒に予想させた後は, YouTubeのUNHCR公式チャンネル「ギリシャに逃れてくるシリア難民とはどんな人たちなのか(字幕付き)」を見せ,実際の難民が何故ヨーロッパを目指すのかを発表させる。映像をみた生徒たちからは,@シリア騒乱の影響がない遠い所まで逃れたいため。A一時避難した周辺国の生活環境が劣悪なため。B先進地域のヨーロッパであれば,子供に質の高い教育を与えることができるため。といった答えが返ってくることが予想される。
教員は,Aの回答に対しては,サウジアラビアなど周辺の富裕な湾岸諸国は,自国の平和維持や宗教派閥の違いなどを理由に,難民の受け入れに消極的であること。受け入れているレバノン・ヨルダンなどシリア周辺国でも,支援組織の深刻な財源不足で,難民キャンプの運営が難しくなっていること。ホストコミュニティ(キャンプ外の避難した国の普通の町や村)で生活をしている難民も,基本的に就労を認められず,経済的自立が難しい点などを指摘する。またBに対しては,ドイツなどが積極的に難民の受け入れ政策を行っていることで,期待値があがっているためだが,近年の難民急増で,一般国民との軋轢も生まれ,また経済負担も大きくなり,ヨーロッパへの入国は,限界に近づいているといわれていると示すとよい。

6 シリア難民を日本は受け入れるべきか

 以上の時間で,難民についての基本事項を確認させた後,最後は一時間使って,生徒に深い学びのためのロールプレイイングを行わせる。つまり日本には現在,難民の受け入れをもう少し積極的に行うべきとの国際的批判があるが,6人一組のグループをつくる生徒一人一人が,それぞれ異なる立場になりきり,日本が今後難民の受け入れをどうするべきかを考えさせる。各グループで進行役を決めさせ,結論を出させるが,互いの意見を否定しないというルールは徹底する。最初,それぞれの生徒には,以下のセリフを自己紹介代わりに話させ,それを話し合いの端緒とさせる。

※ロールプレイイングゲームについては開発教育協会(DEAR)の

 サイトのこちらのページが参考になります。どうぞご覧ください。

1) NGO職員A
ヨーロッパだけで難民を受け入れるのは,人的・資金的な面ですでに限界です。日本には先進国としての責任があります。資金面の支援だけでなく,現状ではほとんどしていない難民受け入れをさらに拡大してほしいと思います。

2)日本の高校生B
受け入れには反対です。日本は,まだ震災の復興すら完了していません。外国人の幸福よりも日本人の幸福を優先してほしいと思います。税金は,少子化対策など日本国民のために使うべきです。

3)企業経営者C
現在の日本は少子化で労働人口の減少が深刻です。難民を労働力として日本に迎い入れれば,国の経済にプラスになります。シリア人は,教育レベルも高く英語を話せる人達が多いと聞きます。

4)ドイツ国民D
これまで私たちの国は善意から沢山の難民を受け入れてきました。しかし大量の難民を受け入れたため,国内では文化的摩擦や衝突に伴う犯罪の増加やテロの危険性が大きくなりました。日本も,難民の受け入れは慎重に考えたほうがよいです。

5)シリア難民E
日本には, 今以上に多くの難民を多く受け入れてほしいと思います。また私たちが母国に戻れるよう,日本政府には問題の解決,内政の安定化にむけて国際社会にもっと発言してほしいと思います。是非,私たちを助けてください。

ロールプレイイングは基本オープンエンドである。したがって,それぞれのグループが,どのような結論を出すのかは分からない。しかし,こうした議論がきっかけとなり,それが少なからず生徒が,遠い存在だった難民について真面目に考えるきっかけになるとなればと考える。

 

 

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