D人にやさしい町づくり工夫

 

 

2012年11月に前任校で2年全クラスを対象に行ったバリアフリーをテーマとした授業実践です。

 

  • 1 身近なバリアフリー重点整備地区

  • 2 校舎内のバリアフリー

  • 3 通学路のバリアフリー

  • 4 バリアフリーを懐疑的に

 

1 身近なバリアフリー重点整備地区

 バリアフリーとは、障害のある人々が地域で安心してくらせる社会づくりを目指し、様々な障壁(バリア)を取り除こうという考え方,あるいはそのためのインフラを示す。今回,私が紹介するのは2012年(平成24),前任校の前橋商業高校で行った,「生徒のバリアフリーに関する空間認識を高めるための授業実践」である。

(1)前任校はバリアフリー重点整備地区だった

前任校の群馬県立前橋商業高等学校は,両毛線JR前橋駅の南750mの地点に位置している。学校所在地の前橋市では,2006年12月のバリアフリー法施行以来,市中心部でバリアフリー化を推進させているが,実はこの前任校を含む「駅から半径1km圏内のエリア」が,重点整備地区となっている。

 

 

 

バリアフリー法の目的この法律は、高齢者、障害者等の円滑な移動及び建築物等の施設の円滑な利用の確保に関する、施策を総合的に推進するため、主務大臣による基本方針並びに旅客施設、建築物等の構造及び設備の基準の策定のほか、市町村が定める重点整備地区において、高齢者、障害者等の計画段階からの参加を得て、旅客施設、建築物等及びこれらの間の経路の一体的な整備を推進するための措置等を定めることを目的としています。

(2)群馬県内初のエスコートゾーン

とくに近隣には盲学校,聾学校など特別支援学校があるため,地区内の学校や大型商業施設を結ぶ道路に沿って,点字ブロックによる横断補助設備「エスコートゾーン」が県内初の事例として整備されている。

 下の写真は,前任校からJR 前橋駅までの間の写真である。学校を出てすぐの場所から点字ブロックの設置が行われており,前橋商業高校からJR前橋駅までの導線が確保されていることが確認できる。

        

 JR前橋駅のプラットフォーム

(3)駅構内まで続くシームレスなバリアフリー

 JR 前橋駅についてからも,その構内の中にも点字ブロックの設置が,券売機,改札口,階段やエレベーター,そしてプラットフォームまで続いており,前橋商業高校からの導線がシームレスに確保されている。駅校内の点字ブロック設置も,現在では別段珍しいことではないが,学校からの導線とリンクされていることを考えると,「重点整備地区内のエスコートゾーン」の存在理由を改めて認識することができる。

  駅入り口            駅入り口のスロープ      券売機前           券売機

        

  券売機から改札口        改札口            エレベーター         車いす補助装置つき階段 

        

 ただ一方で,前任校の生徒達の中には,身近な所にそうしたシームレスな「人にやさしい街づくりの工夫」があることをはっきり自覚できている者はあまりいなかった。そこで私は是非,生徒達に「身近なバリアフリーの空間認識」を促しそう考え,2年生の全クラスを対象に,一時間だけの特設授業を行った。

2 校舎内のバリアフリー

2009年新築の前橋商業高校

(1)重点整備地区内では,「学校」もバリアフリー対応の義務付け対象

 実は,バリアフリー法では,特別特定建築物(2,000平方メートル未満)と特定建築物に,新築,増改築,用途変更の際に,基準の努力義務が課せられている。とくに「特定建築物」には,学校も入っており,前任校・前橋商業高校が,2009年(平成21)に「新築」されたときにも,「基準の努力義務が課される対象」となっていた。つまり前任校のバリフフリーについては,校舎を出たところからはじまるのではなく,校舎内からすでに行われていた。

 したがって私はまず手始めとして,この足もとにある「校舎内のバリアフリー」から,生徒の空間認識を固めたいと考えた。

 

 

資料1

(2)重点整備地区内では,「学校」もバリアフリー対応の義務付け対象

 つまりはじめに自作の資料1を使い,業者の設置した校内の自動販売機などにも,車イス利用者や子供が利用しやすいように,手すりがつけられていたり,ボタンや硬貨投入口の位置が低い位置に置かれていること。さらに手先の不自由なお年寄りなどのための工夫されたコイン投入口となっていることなどを確認させた(ただ普段みているはずなので実際には,再認識させたということ)。

 校舎内に業者が設置した自動販売機

   

 さらに多機能トイレに,お年寄りや子供が利用しやすいように,手すりが設置されていることを読み取らせた。そして逐一それらがどこにあるのか,生徒に「単純な問い」としてなげかけていった。もちろん,自分たちが普段利用している「校舎内」のことなので,生徒たちは「場所」については答えられたが,そうした機能などについては曖昧な記憶しかなかったものが多かったようである。位置が分かっていたとしても,「何」があるのか自覚できていなければ,空間認識がきちんとなされているとは言えないので,生徒達にはほんとうの「空間認識」をさせることができたのではないかと考える。

 校舎内の各階に設置された多目的トイレ

 

 

資料2

 

 また校舎には7階建て建築ということでエレベーターが2基設置されていたが,扉正面の「点字の注意書き」をウェブサイトからダウンロードした「点字一覧表」をもとに部分翻訳させる体験を行わせ,点字に込められた「工夫」を確認させた(資料2)。 生徒たちは,点字一覧表を使って資料2の仮題を楽しそうに取り組んでいた。こうした点字の注意書きがあっても,実際,その施設を普段よく利用するものがその存在や意味合いを知らなければ,ほんとうにそれを必要とする人が現れたときに,その支援などできるはずがない。その点で,この作業は,そうした支援を可能にする第一歩となったのではないかと考える。

 実は,視力不自由な人を対象として設置されているこうした点字の注意書きであるが,ある程度の年齢に達してから視力を失った人や,軽度の弱視者は「点字」が読めない人も多い。したがって,「点字の注意書き」が読めない弱視者や視力不自由な人たちの「支援」のためにも,周りのものがその注意書きの内容のものを知っておく必要がある(施設図などを触地図形式で提供するべきだという考えもある)。

 校舎内に設置されたエレベーター  点字の注意書き        サイトから入手した点字一覧表

   

 資料2の解答

 

 (3)校内のバリアフリーには他にどのようなものがあるか

 そしてこうした作業の最後,私は,校舎内の「人にやさしい工夫」には,他にどのようなものがあるのか,どこにあるのかを,生徒達に記憶を手繰らせて考えさせた。中には,校舎外に設置された,身障者用の駐車スペースや車イス用スロープの存在をすぐに指摘できる者もいた。ただ一方で普段は見ているはずなのに,何も思いつかない者もいた。

 しかしこの授業の中では,隣のものと話し合わせるなどして,情報共有の時間も設定したたため,全体としての校内バリアフリーの空間認識は高められたものと考える。

3 通学路のバリアフリー

 資料3

(1)校内から通学路への空間認識の拡大

 続いて私は,学校から前橋駅までの通学路について,「人にやさしい工夫」にどのようなものがあるのか,また,それがどこにあるのかを生徒達に考えさせ,さらに生徒の空間認識の拡大をはかった。つまり事前調査によって自作した資料を使い生徒達に「単純な考察」を行わせた。具体的には資料3の複数の写真に示される六つの工夫が,通学路のどの場所にあるのか,生徒の記憶を手繰らせながら考えさせた。

 時間的なことや条件がそろえば,生徒を外に連れ出して「通学路のバリアフリーをみつけよう」という地域調査的なことをやったり,事前に「通学路にあるバリアフリーを見付けてきてください」という課題を生徒に出したりという流れが理想ではある。しかし不本意ではあったが私が行った授業実践ではとにかく時間がなく,また全てのクラス,8クラスにそうした演習をさせたり課題をだしたりということは現実的ではなかったので,今回のような「座学」となってしまった。

 A JR前橋駅南口・ロータリーの点字ブロック

(2)通学路の様々なバリアフリーを考察

 たとえば点字ブロック(A)が,道路の曲がり角などや駅の南口付近(@)に配置されていることに気付かせる中で,視覚障害者の導線がしっかり確保されていることを考察させた。

 前橋商業高校北西の曲がり角     JR前橋駅南口から南の歩道

   

 

 また車イス利用者も利用できるような,受話器が低い位置に取り付けられた電話ボックス(D),柱が低いバス停の時刻表(E),身障者用駐車スペース(F)が,駅の南口付近(ABC)に設置されていることに気付かせる中で,お年寄りや子供,車イス利用者が駅を出て家族などに連絡をとったり,バスへの乗り継ぎが円滑に行えるように工夫されていることを推察させた。

 D JR前橋駅南口の電話ボックス              柱が低いバス停の時刻表                身障者用駐車スペース

  

 そして電光掲示板タイプのバス時刻表(C)が,バスターミナルがある前橋駅の表口にあたる北口正面(D)に設置されていることや,バスターミナル内のバス(B)が低床型(E)になっていることに気付かせ,様々な立場の大勢のバス利用者が,バスを利用しやすくなっていることを推察させた。

 JR前橋駅北口のバス時刻表                バスターミナル内のバス(入口の外側には乗務員呼び出し用のインターフォンも設置されている)             

  

 さらに付近の一般住民が立てた「犬にフンをさせないでください」という手作りの標識(G)が直線上の広い道路沿い(A)にあることに気付かせる中で,自他が不快な思いをしないための地元住民の工夫も街をささえる重要な要素なのだということを考えさせた。目の不自由な人に限らず,こうした地元の人達の工夫もバリアフリー社会の実現に向けて重要なことである。

 G 「犬にフンをせないでください」の標識

 

 (3)作業をおえて

この作業の最中にも,「普段,見ているはずなのに,気付きませんでした。」と感心して話す生徒が多かったが,このような活動で,多少なりとも,生徒のバリアフリーの空間認識は通学路にまで広げられたのではないかと考える。

4 バリアフリーを懐疑的にとらえる視点

 資料4

(1)いつか利用者の支援を行える素地を作ろう

 もともと私が何故,授業の中で校舎内や町のバリアフリーの所在を,生徒に空間認識させたいと考えたのか。それは,生徒達のメンタルマップの中に,それらの空間情報を加えさせることで,彼らがいつかそうしたインフラ利用者の支援を行える素地を作りたかったからである。ただ日本ではまだ,バリアフリー法が施行になって数年しか経っていない。そのためインフラの位置,設置状況自体が適切ではない事例も多い。そこで私は,生徒たちには,さらにそのインフラの位置や配置に関しては常に懐疑的にみて,問題点があったら,それは自分たちで支援し,補完する必要があるのだということを学ばせようと考えた。 つまり最後,駅前と学校周辺の,2枚の写真を例として生徒に提示し,問題点を考えさせた(資料4)。

 一つは,駅南口にあった身障者用の駐車場の写真,もう一つは学校周辺に点字ブロックのある部分の写真である。まずXの問題点とは,身障者マークのない車が駐車場や駐車場手前に止まっている点である。これについては,生徒達の大半が気付くことができた。

 JR前橋駅北口のバス時刻表                     

   

 しかしYについては,気付ける生徒はいなかった。問題点とは,自転車通行ゾーンと,視覚障害者用の誘導のための点字ブロック(縦線ブロック)の導線が連続していて,自転車に乗っている人と視覚障害者の人が接触するリスクを高めてしまうという点である。実は,世界初の点字ブロックは1967年に日本の岡山県で誕生したものの,未だに設置方法のルールが確立されていない。そのため,全国的にこのような不適切設置事例は非常に多い。生徒達には,XとYの問題点についてさらに,改善策なども話し合わせた。そして最後,私の方から問題点に気づいたときには,自分たちが支援する必要があるのだよと投げかけ,授業を閉じた。

  田中の確認した学校周辺の点字ブロックの位置           左図の右下の所の写真・・・・(自転車通行ゾーン)と点字ブロック(進行方向を示す縦線ブロック)の導線が連続している

    

(3)それぞれの学校で実践を

 以上が私のつたない実践である。同様の授業は,他の学校でも十分可能である。

  この時の実践は,授業時間の確保が難しく,残念ながら「座学」となってしまった。しかし時間さえ許せば,生徒に実地調査をさせ,自身の眼で「人にやさしい街づくりの工夫」を見つけさせ,気付かせていくことが本来理想である。さらに時間に余裕があれば,それらの生徒が「発見」した気づきを最終的に,教員が地図太郎などのGISソフトを使って電子地図として集約し,情報共有をはかることもできる。さらに言えば現在,技術的には,携帯電話のAR(拡張現実)アプリのデータベースにその情報を流し込み,本来その情報が必要な人たちとの情報共有をはかるような地域還元型の実践も可能である。いつか私もそうした実践に挑戦したいと考える。先生方もバリアフリー社会の建設にむけて,是非,それぞれの学校で取り組んでいただきたい。

 

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