★2009.11 地理教材作成スキルの整理とまとめ【PDF版6.26MB 】

 

1 はじめに

 高校地理の授業で使う「紙ベースの地理教材」を作成する場合,その教材の核になるのは,生徒の地理的思考をうながす主題図や図表,写真,リモートセンシングなどの視聴覚資料である。したがって地理教員にとっては,それらの素材を見つけ出し収集する技能と,自らの手で主題図や図表を作り出す技能,図表や写真に修正と加工をほどこす技能,さらに主題図,図表,写真とテキストを統合して最終的に一つの教材を作り出す技能が,重要なスキルとして求められている。
私が教員になった20年程前,地理教材作成のための素材収集の方法といえば,図書館,書店,関係機関での文献渉猟と資料収集,参考書や副教材からの抜粋,引用が一般的だった。またそれらの活動で得た 主題図や図表,写真の加工については,学校のコピー機を使ってサイズと明暗の調整をする程度だった。さらに製図についても,パソコンやワープロ専用機の罫線機能を使って単純な図表を作ったり,トレース紙とペンを使い手描きで作図する程度だった。また様々な資料を使って教材を作る場合には,糊,ハサミを使った切り貼りに拠っていた。
しかし現在,我々地理教員は,素材収集ではウェブやGISソフトの活用により,様々な一次資料を容易に入手できるようになっている。またパソコンの描画ソフトや画像処理ソフトの活用で,素材に対して繊細な二次加工を施したり,精緻な図表を製図することも可能になっている。さらに高機能のワープロソフトや,スキャナーなど周辺機器の活用により,パソコン画面上で画像とテキストを統合させ,教材を完成させることも容易にできるようになっている。つまり現在では地理教材作成の多くの過程が,新規のツールで効率的に行えるようになっているのである。
ただ現在でも,個々の地理教員の,所属校での情報機器の整備状況や,興味関心の程度によって,情報化の受け入れ程度には大きな個人差がある。そのため複数の新規ツールを系統的に組み合わせた上で,合理的に活用していこうといった共通認識は,未だ地理教育全体で育っていない。しかし私は,汎用性のあるツールを使った系統的な利用スキルを確立することが,「地理教材作成の効率化や地理教材の充実化」を進めることに繋がるのだと考えている。本稿は,そうした観点から地理教材作成スキルの体系化を試みた,私自身の試案である。


2 素材収集

 私は,地理教材の作成過程は,次の四つの過程に分け,そこに新規のツールを配置して活用するべきだと考えている。つまり(1)素材収集,(2)作成支援ツールを活用した原図や原表の作成,(3)素材加工,(4)主題図,図表とテキストを統合した教材作成の四つである(図1)。
まず(1)素材収集では,従来からある,フィールドワークや,図書館・書店・関係機関での文献渉猟,資料収集なども有効な手立ての一つである。教員が額に汗して得た素材はきっと,生徒を感動させ,彼らの地理的視野を広げることに大きく貢献すると思う。またそうして得た素材も,スキャナー, デジタルカメラ,パソコンソフトによって電子データ化すれば,後述するような教材作成の過程にも十分生かしていくことができる。
ただし我々が教える「高校地理」という科目は,市町村規模から世界的規模までの実に様々なスケールの地域を学習対象にしている。またそれらの地域は,時々刻々と姿形をかえる「生きもの」でもある。そのため従来の手法で得られる素材の質や量には残念ながら限界がある。したがって「高校地理」の授業展開で,より積極的な教材作成を行っていくためには,インターネットからの素材収集という新規のツールに重点を置く方法が最も有効であると考える。
それでは実際のインターネットによる素材収集については,どのように行えばよいのか。私は,やはり地理教材の核は主題図と図表だと考えるので,「主題図,図表」や「その作成に使える基本データ」に特化させて収集する方法が最も合理的だと考える。つまり検索語では,「キーワード+自分が入手したい素材名(地図,衛星画像・図,グラフ,表,統計,景観写真など)」の組み合わせ,例えば「地形 衛星画像」「交通 地図」のような語句を意識的に使う必要があると考える。
ただし海外のHP,特にインターネットの主要言語の一つである英文のページにも有用な一次資料があることが多い。したがって,「climate map」などの英語の検索語も積極的に活用する姿勢が必要である。仮に語学力に不安があっても,YahooやGoogleの翻訳機能や,市販の翻訳ソフトを使えば,現在ではHP全体を日本語化することも可能となっている。

    図1 地理教材作成の 四つの過程

         

 なお同業の地理教員のブログやHPを利用する方法も,補助的手段としては有効である。例えば私のつたないブログ「地理屋にできること−私の地理的スキル−」などでも,ポータルサイトのように利用すれば,ある程度の質と量の情報とツールが収集できる。つまり自然関係では,植生分布図,ハザードマップ,雨温図・ハイサーグラフの作成ソフト,天気図,台風経路図,気象衛星画像。また人文関係では,人口ピラミッド・三角図表の作成ソフト,等時帯図の原図,国際航空時刻表の元データ,災害発生時の帰宅支援マップの作成マニュアル,さらに全般的な資料では多種多様な主題図が収集可能となっている。また製図や二次加工に必要不可欠なベースマップでは,空中写真,衛星写真,新旧の地形図,白地図などが入手できる。統計データでも,国内外の様々な基本統計。また視聴覚資料でも,景観写真,DVDの静止画キャプチャーソフト,パソコン画面のハードコピーソフト,新聞記事データなどが入手できる(図2)。
もちろん真偽のあいまいな情報も多いインターネットの活用では,十分な注意が必要である。つまりデータの客観性と信頼性を担保するために,なるべくデータ収集の情報源を,国際機構,政府機関など信頼できる公共機関の一次資料を中心としたものにする必要がある。また反対に,情報源が曖昧な二次資料(引用資料)の収集は意識的に避ける必要がある。
(1)素材収集の過程では,収集後の素材ファイルの分類,整理も大変重要な作業である。つまりまず集めた素材は,後々の利用を考え,使わないものはすぐに削除するか,保留用のフォルダに収納する。そして使うものを全て「素材ファイルの整理用フォルダ」の中に入れる。そして「整理用フォルダ」に入れた素材ファイルについては,それぞれ項目別のフォルダに仕分けしておく。そして最後,項目別フォルダの中のファイルは,同じファイル形式ごとにまとまるように並び替えをしておく(図3)。
確かにこの作業は煩雑に見えるかもしれない。しかし後々の素材利用を円滑にするためには必要な作業である。特に最後の「ファイル形式ごとの整理」については,素材の用途が,ファイル形式によってある程度決まってくるところがあるので,必要不可欠な作業と考えた方がよい。つまりjpg,png,bmp,gif形式など「ピクチャー形式(画像形式)」と呼ばれる素材の場合は,文書への貼り付け画像,製図用の下絵,背景画像としての用途が中心である。またai,svg,eps,pdf形式など「ベクトル形式」と呼ばれる素材は, ピクチャー形式の素材と同じ用途で使えるだけでなく,二次加工に使う素材としても利用できる。さらにxls,csv形式の素材は,Excelなど表計算ソフト,統計図表,統計地図,断面図などの基礎データとしての用途が中心である。またshp,xml形式などは,MANDARA(マンダラ)やGoogle earth(グーグルアース)などの特定のGISソフトの基礎データとしての用途が中心である。

図2 ブログ「地理屋にできること-わたしの地理的スキル-」

図3 収集した素材ファイルの整理                             


3 作成支援ツールを利用した原図・原表 の作成

 より積極的な教材作成を進めたい場合,(1)素材収集と並び,(2)作成支援ツールを活用した原図や原表の作成という過程も重要である。さいわい現在では,地理教員の原図と原表の作成を支援してくれる,多くのフリーソフトや廉価のパソコンソフトがある。それらのソフトを活用すれば,この作業は決して難しい作業ではない。例えばまず統計地図作成では, カシミール3D やMANDARAやなどのGISソフト,Google earthなど各種のWeb-GISがある。
まずカシミール3Dでは,鳥瞰図や断面図などが作成できる(図4)。またMANDARAでは,図形表現図,階級区分図,等値線図,流線図,「国土基盤情報」を活用した詳細地図,市販の「数値地図50mメッシュCD」を活用した等高線地図が作成できる(図5)。さらに世界地図作成ソフトでは,Ptolemy(トレミー)というソフトがある。有料ソフトではあるが,2008年1月のバージョンアップで,地図データをjpgなどピクチャー形式だけでなく,epsというベクトル形式のファイルでも作成できるようになった。そのため現在では,ドロー系ソフト(描画ソフト)のIllustratorとも連携可能なソフトになっており,様々な地図投影法による世界地図をはじめ,等時帯図などの白地図を容易に作り出せるようになっている。地理教材作成では,世界地図をベースマップに利用することが多い。そのためこのソフトの有用性は高いと考える。またグラフ作成では,表計算ソフトのExcelをはじめ,高機能グラフ作成ソフトのDelta(デルタ), ドロー系ソフトのIllustratorなどが,棒グラフ,折れ線グラフ,レイダーチャート,帯グラフ,円グラフなどの作図に有効である。特にExcelは汎用ソフトでありながら,雨温図,ハイサーグラフ,人口ピラミッド,三角図表,土地利用メッシュマップなどを作成するための「Excelマクロファイル」もウェブ上で無料ダウンロードできるため,意外と有用性が高い(図6)。また表の作成については, 表計算ソフトのExcelだけでなく,Word,一太郎などワープロソフト,Illustratorも有効である。

図4 カシミール3Dによる原図作成

図5 MANDARAによる原図作成

図6 Excelによる原図作成


4 素材加工

  現実の教育現場では,せっかく良質の素材を入手できても,素材をそのままワープロ文書に貼り付けて,「完成品」としてしまうことも多い。しかし素材の中には,時間をかけ手を加えることで,より地理的主題が明確になり,生徒の感性に訴えられるような主題図や図表に変わるものも多い。したがって私は,この(3)素材加工についても,教材作成の中では大変重要な過程の一つだと考えている。私が考える(3)素材加工とは,@製図,A二次加工,B画像処理の三つの作業から成り立つ過程である。
このうちまず@製図は,収集した主題図や図表をトレースして,自ら作図し直したり,収集資料をヒントに独自の図を創作していく作業である。この作業は,従来からのトレッシングペーパーとロットリングペンによる手作業でも行うことはできる。しかし現在では高機能化が進むパソコンの描画ソフトを使う方法が,より合理的であると考える。つまりこの方法では,手描きの場合よりも,より短時間で精巧で緻密な主題図や図表を作成することができる。また一度作図したものを,後で加工,修正することも簡単であるし,一度作成した図をベースマップにして,複数の主題図を何枚も作図することができる。この@の過程で特に有用性が高いソフトは,IllustratorとInkscape(インクスケープ)である。前者は有料ソフト,後者はフリーソフトだが,機能や操作性という点では,明らかに前者が卓越している。両者とも地理の主題図でよく使う「モノクロの斜線,ドット,クロスなどのパターン素材」が標準装備ではない。しかしIllustratorの場合には,「スウォッチ素材のイラレ屋」というHPなどで,それを容易にネット購入することができる。つまりIllustratorは,そうした素材を補助的に利用することで,「本格的な地理的主題図の作成」にも堪えられるツールにもなり得るのである(図7,図8)。

図7 Illustratorによる土地利用図の製図

図8 Illustratorによる街路図の製図

図9 MANDARAで作成した等高線地図のIllustratorへの貼り付け


 またA二次加工は,素材の元データを生かしつつ「テキストと線画部分の加筆,修正,翻訳」などを施す過程である。つまりここでは,注釈部分のテキストを簡略化したり,主題図や図表のパターンや凡例の数を減らしたり,カラーモードをグレースケールにモード変更したり,パターンをクロス,斜線,ドットにするなどの単純化作業などを行う。
このAの過程で,特に有効なツールはIllustrator(ver.10以降)である。それはこのソフトが,ai,svg,eps,pdf形式などベクトル形式の素材を直接加工できることと,多数のソフトと連携可能なためである。例えばMANDARAやExcelなどで作図した等高線地図,統計地図,グラフは,それを直接コピーしてIllustratorの新規ファイルに貼り付ければ,そのまま「二次加工できるベクトルデータ」に置き換わってしまう(図9)。なお「英文の主題図や図表」をA二次加工する際に必要となる「翻訳作業」に関しては,「翻訳ピカイチ+」などの高機能翻訳ソフトが支援ツールとして有効である。高機能翻訳ソフトと言われるものには,英文のpdfファイルをレイアウトを維持したまま「ダイレクト翻訳」したり,英文や欧文(ドイツ語,フランス語,イタリア語,スペイン語,ポルトガル語)のExcel,Wordファイルを瞬時に翻訳できるものもある。確かに翻訳された語句は,「高機能」とはいっても不自然な表現のものが多いが,英文素材の「解読」には十分である(図10)。さらにB画像処理とは,入手した素材や自作した主題図,図表について,画質モードの変更,色彩や明るさの調整,ぼかし処理などを行う過程である。学校での教材印刷ではモノクロ印刷が一般的である。したがって画像は,この過程でしっかり修正して,そうした印刷に耐えられる状態にしなければならない。このB画像処理の過程で活用できるツールには,フリーツールのGimp(ギンプ)をはじめ多くのパソコンソフトがある。ただし機能や操作性ではPhotoshop(フォトショップ)などが卓越している(図11,図12)。

図10 翻訳ピカイチ+英文pdf

図11  Photoshopで画像処理したのちIllustratorで二次加工(加筆)した画像

図12 Photoshopによる写真の画像処理



 5 主題図,図表とテキストを統合した教材作成

 (1)から(3)の過程で入手あるいは自作した主題図や図表は,それらを単体で印刷しても,そのまま教材として活用することはできる。しかし主題図や図表などとテキストを統合することで,ワークシートなど,より高次の教材を作成することも可能である。そうした観点から私は,(4) 主題図,図表とテキストを統合した教材作成も,重要な過程だと考えている。 
この過程で特に必要なのは,「主題図や図表などが生きるような教材作成」という視点である。つまりテキストは,文字数をなるべく減らし,必要最低限にとどめる。ワークシートを作る場合は,タイトル,生徒の学年・組・氏名の記入欄,作業内容などの必要事項を中心にした構成にするとよい。また資料プリントなどを作る場合にも,タイトル,簡単な注釈を中心にした構成にするとよい。この(4)の過程では, ドロー系ソフトのIllustratorもある程度有効である。つまりIllustratorは,主題図や図表,テキストのレイアウトを自在に変えられるだけでなく,完成資料をpdf形式など容量が小さく扱いやすい形式で保存することができる。またテキストと線画部分のアウトラインが鮮明な教材を作り出すこともできる。したがって生徒の視覚に訴える教材を作りたい時には大変有効である(図13,図14)。ただしIllustratorでは教材の修正,加工や,複数ページに及ぶ教材を作るときの作業がやや煩雑である。したがって操作性という点では,Wordや一太郎などの汎用のワープロソフトの方が卓越している(図15)。ところでWordや一太郎などのワープロ文書に主題図,図表を貼り付ける際は,ファイル形式ごとに処理の仕方を変える必要がある。つまりjpg,png,bmp,gifなどピクチャー形式の画像は,Wordでは「挿入→図→ファイルから」,一太郎では「挿入→オブジェクト枠→作成→ファイルから」の一般的な貼り付け機能を活用すればよい。しかしai,svg,eps,pdfなどのベクトル形式のものは,貼り付け方法が二通りになる。つまり第一は画像を,作図に使ったソフトやPhotoshopなどで再読み込みし,改めてピクチャー形式で保存し直した上で,その画像を貼り付ける方法である。このベクトル形式をピクチャー形式に変える作業をラスタライズというが,一度この処理でピクチャー形式の画像を作っておけば,後で同じ図表を何度も使い回しすることができる。そして第二は,作図に使ったソフトなどで画像を再読み込みし,画像が表示されたところでそれをコピーし,直接ワープロ文書に貼り付ける方法である。貼り付け画像がファイルとして残らず,資料の使い回しが難しいとの欠点はあるが,Illustrator,MANDARA,Excelなどで作成した主題図や図表も,全てこの方法で貼り付けできる。なおワープロ文書に画像を貼り付ける場合は,解像度を上げる処理をする必要がある。つまりWordでは,画像を直接コピーしたあと,「編集→形式を選択して貼り付け→図(Windowsメタファイル)」の機能で貼り付ける。また一太郎では,画像を直接コピーしたあと, 「編集→形式を選択して貼り付け→形式を選択→ピクチャ」の機能で貼り付ける。この処理をするだけで画像の解像度は格段に上がる。

図13 Illustratorで作成したワークシート

図14 Illustratorで作成した資料プリント

図15 Wordで作成したワークシート


6 おわりに

 本稿は,地理教材作成スキルの系統化に向けての現時点での試案である。ただしあくまでも紙ベースの教材作成について,新規のツールの活用を通して効率的に行うための方法を考えたものである。汎用性のあるツールの内訳,各ツールの具体的な連携法については,今後も最善の方法を模索していきたいと考える。

 

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